映画「おくりびと」と現実の落差はこうだ。
話題の映画「おくりびと」を夫婦で見てきました。
インターネットで席を予約したのですが、日曜日は予約が取れなくて月曜日に行って来ましたよ。映画館は中高年の客ばかりで、約4割の入りといった感じでした。なんせシニアは入場券が千円なのですから、大勢来ますよ。
ホントに涙と笑いありの心温まる映画でした。最近の映画はとかく、暴力、殺人、裏切り、権力との戦い、セックス、迫力とサスペンスなどが、どうだ、これでもか、とばかり観客に迫ってくるようなものが多い中、この映画は、こじんまりとした、昔ながらの日本映画だなあと思いました。ほんとにこれがアカデミー賞なのかなあ。なにか物足りない気がします。
物語は省略します。知りたい方はいろいろWEBしてみると紹介しているサイトがありますからそちらをどうぞ。
ところで、私の親は病気がもとで、救急車で運ばれ、病院に着くなり亡くなりました。私が駆けつけたときにはすべての処置が終わっていて、遺体は車輪つきの担架に寝かされていました。その後霊安室に運ばれ、葬儀屋の車で自宅に運ばれました。自宅の布団に遺体を寝かせてから、葬儀屋に、遺体に詰め物をしないのかと尋ねると、「大丈夫です。しなくて結構です」という返事だったので不思議に思ったものでした。
今日、この映画を見てから自宅で、看護師をしていた、うちのお嫁さんとあれこれ映画の中のことを語り合っていてわかったことがありました。
それは、納棺師というのは、自宅で死亡した場合に必要になる仕事であって、病院で死亡した場合は、看護師がすぐに遺体に詰め物をしたり、手を組ませたり、化粧したりしてしまうんだそうです。それは15分か20分くらいでやってしまうんだそうです。鼻の詰め物なんかは鼻の奥まで詰めて、外見からは詰めたガーゼが見えないくらいにしてやるそうです。だから私も自分の親の遺体に詰め物がされてるのかどうかわからなかったわけですね。
お嫁さんの語るところによると、手を胸の上で組ませるのがなかなか難しくて、両手が離れてしまうときは紐で軽く縛るし、口は空いたままで死ぬと閉めてもまた開いてしまうから、あごを頭から縛ってしまうんだそうです。遺体用の化粧品は古いものしか無いので、そんなもので化粧すると、おてもやん見たいに真っ赤なほっぺにしてしまったこともあったそうです。
病院で、死亡の宣告のあと、「このあと遺体の処置をしますので、ご家族の方は廊下でお待ちください」などと告げられるのは、看護師が遺体に詰め物などをし、浴衣に着替えさせるためだったのですね。その作業はたぶん、今日見た映画の納棺師のような優雅な振る舞いではなく、遺体を急いで素っ裸にして看護師が何人かでどんどん詰め物をしたりする手荒な作業では無いでしょうか。死の尊厳など吹っ飛んでしまって、遺体はもう物体として《処理》されてしまうのではないでしょうかね。なんせ遺体の処置をモタモタしてたら死後硬直は早いし、便などもダラダラ出てきてしまうらしいから。
あーあ、ほんとに、死ぬときは自宅で、今日の映画の納棺師みたいな人に、丁寧に丁寧に着替えさせてもらって、葬式を迎えたいもんですねえ。しかし、どうしたら、自宅で死ねるのでしょうかねえ。。
アカデミー賞の審査員も、そんな気分で、人の死に対してまごころ篭めて、優雅に処置してくれる仕事に、今の世に必要な、救いと癒しを見た想いがしたのでしょうか・・・
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