2009年3月 2日 (月)

映画「おくりびと」と現実の落差はこうだ。

話題の映画「おくりびと」を夫婦で見てきました。

インターネットで席を予約したのですが、日曜日は予約が取れなくて月曜日に行って来ましたよ。映画館は中高年の客ばかりで、約4割の入りといった感じでした。なんせシニアは入場券が千円なのですから、大勢来ますよ。

ホントに涙と笑いありの心温まる映画でした。最近の映画はとかく、暴力、殺人、裏切り、権力との戦い、セックス、迫力とサスペンスなどが、どうだ、これでもか、とばかり観客に迫ってくるようなものが多い中、この映画は、こじんまりとした、昔ながらの日本映画だなあと思いました。ほんとにこれがアカデミー賞なのかなあ。なにか物足りない気がします

物語は省略します。知りたい方はいろいろWEBしてみると紹介しているサイトがありますからそちらをどうぞ。

ところで私の親は病気がもとで、救急車で運ばれ、病院に着くなり亡くなりました。私が駆けつけたときにはすべての処置が終わっていて、遺体は車輪つきの担架に寝かされていました。その後霊安室に運ばれ、葬儀屋の車で自宅に運ばれました。自宅の布団に遺体を寝かせてから、葬儀屋に、遺体に詰め物をしないのかと尋ねると、「大丈夫です。しなくて結構です」という返事だったので不思議に思ったものでした。

今日、この映画を見てから自宅で、看護師をしていた、うちのお嫁さんとあれこれ映画の中のことを語り合っていてわかったことがありました。

それは、納棺師というのは、自宅で死亡した場合に必要になる仕事であって、病院で死亡した場合は、看護師がすぐに遺体に詰め物をしたり、手を組ませたり、化粧したりしてしまうんだそうです。それは15分か20分くらいでやってしまうんだそうです。鼻の詰め物なんかは鼻の奥まで詰めて、外見からは詰めたガーゼが見えないくらいにしてやるそうです。だから私も自分の親の遺体に詰め物がされてるのかどうかわからなかったわけですね。

お嫁さんの語るところによると、手を胸の上で組ませるのがなかなか難しくて、両手が離れてしまうときは紐で軽く縛るし、口は空いたままで死ぬと閉めてもまた開いてしまうから、あごを頭から縛ってしまうんだそうです。遺体用の化粧品は古いものしか無いので、そんなもので化粧すると、おてもやん見たいに真っ赤なほっぺにしてしまったこともあったそうです。

病院で、死亡の宣告のあと、「このあと遺体の処置をしますので、ご家族の方は廊下でお待ちください」などと告げられるのは、看護師が遺体に詰め物などをし、浴衣に着替えさせるためだったのですね。その作業はたぶん、今日見た映画の納棺師のような優雅な振る舞いではなく、遺体を急いで素っ裸にして看護師が何人かでどんどん詰め物をしたりする手荒な作業では無いでしょうか。死の尊厳など吹っ飛んでしまって、遺体はもう物体として《処理》されてしまうのではないでしょうかね。なんせ遺体の処置をモタモタしてたら死後硬直は早いし、便などもダラダラ出てきてしまうらしいから。

あーあ、ほんとに、死ぬときは自宅で、今日の映画の納棺師みたいな人に、丁寧に丁寧に着替えさせてもらって、葬式を迎えたいもんですねえ。しかし、どうしたら、自宅で死ねるのでしょうかねえ。Cimg2677

アカデミー賞の審査員も、そんな気分で、人の死に対してまごころ篭めて、優雅に処置してくれる仕事に、今の世に必要な、救いと癒しを見た想いがしたのでしょうか・・・

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2009年2月23日 (月)

NHKのど自慢観戦記

2月22日に、清水文化センターで、NHKのど自慢の実況中継がありました。

うちのお嫁さんは、早くからこれに関心を持っていて、市の広報誌に参加募集が載ると、早速応募の準備にかかりました。

出場希望者は、申し込みハガキ1枚だけで予選会参加の可否が決められるとあって、なんとか選ばれるよう、カラフルにあれこれ書き込んで送ったようです。

観覧希望者は申し込みハガキの抽選で選ばれるので、家族全員のほか近隣に暮らす子供達の家族の名前も使って10枚のハガキで応募しました。1.700席に対して7倍の応募があったようです。

お嫁さんには予選出場可の返事が届き、観覧券は1枚当選(2名観覧できる)という結果でした。

さあ、これからが大変。観覧席には誰が座るか、応援グッズはどんなものにしたらいいか。知り合いの皆にも知らせなくちゃ・・・鹿児島のばあちゃんや北海道のお友達にも。

また、ためしに、お嫁さんに、家族の前で歌ってもらいました。曲は「涙そうそう」です。3年前にお嫁さんが自分たちの結婚披露宴でこの歌を歌ってくれたときは、朗々と声が響いていたように覚えてましたが、今回は、なんか声に張りが無いし、艶も無いようです。ま、でも「上手いうまい」と皆でパチパチと拍手で労をねぎらいましたよ。(これが素人には曲者なのさ、ね。)

客席からの応援団扇もなんとかかんとか出来ました。

そうこうしてるうちに日も迫り、いよいよ予選会。予選会は本番前日の正午から夕方6時頃まで、250組が参加したそうです。各自の持ち時間は40秒くらいで、すべて生演奏付きだそうす。6時半に本選出場者が発表され、うちのお嫁さんは落選。本人は、風邪引きとか花粉症とか理由を言ってました。

本選出場者は、そのあと夜8時まで打ち合わせ、翌朝は8時半集合だそうです。

さて、本選当日。観覧者への座席券は9時から配布されるので、いい席がもらえるように朝7時半から順番待ちの列に並びました。8番目でしたよ。先頭の人は岐阜から来たそうで、夜中の2時に着いたそうです。のど自慢の追っかけもいるんだねえ。へーぇ。

9時過ぎになってハガキと交換され、いただいた座席券は、中央の前から2列目でした。かぶりつきだね。Image137

11時45分から開演です。地元NHK放送局や市長の挨拶、ディレクターからのお願い、拍手の練習のあと、徳田アナの登場。彼が皆を笑わせながら12時15分を待ちました。客席の応援団確認もありました。 ガンバレという紙が舞台から見ると、レバンガになっていたりしてましたよ。(*^。^*)

出場者は客席側から舞台に上がり、両袖に分かれて開始を待ってます。カメラは大型3台と小型1台。

さあ、いよいよ本番開始。ゲストは山本譲二と石川さゆり。出場1番は次郎長の妻お蝶に扮した女性です。鐘2つ。2番目は元気な青年。目の周りが赤くなっていて上がってる様子。

妊婦姉妹や大工さんやブラジル人など見た目を楽しませてくれる出演者2009222nhkが多いですね。歌のうまさで出場できただろうと思われるのは5~6人ですかねえ。

放送の最後に、長い拍手をさせられて1時20秒頃に放送終了でした。この後はアトラクションで、チャンピオンになったブラジル人が歌の1番全部を気分よさそうに歌い、ゲストがカラオケで2曲づつ歌ってくれました。石川さゆりのファンだといって舞台のそばまで来てゴチャゴチャしゃべる親父が出てきたりのハプニングもありました。

ま、こうして、私たち夫婦は、たのしい、のど自慢放送への参加ができました。これも元気な物おじしないお嫁さんのおかげです。

お嫁さんは、「今度は夫婦で出て、オヨネーズの麦畑をやろうかな」などと意気軒昂です。皆さんも出場応募してみてはいかが?

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2008年12月15日 (月)

ボウリングで160出せるようになったぞ!!

今日はすばらしいことがありました。ボウリングで2ゲームアベレージで160のスコアーが出たのです!!!Great!!!

ボウリングは冬のスポーツとしてここ数年、時々やっていましたが、今年は11月頃から少し熱心にやり始め、ボウリング場で仕事をしているプロ?の女性から時々アドバイスをもらって、フォームや、投球のコツや、気持ちの持ち方、レーンの状態の読み方などを教わりました。その結果、今日のすばらしいスコアが出たと思われます。

去年は一度150のスコアーを出したことがありましたが、2ゲーム目になるとスコアーはガクンと落ちて、90とか80とかメチャクチャで、なかなか安定しませんでした。いつも平均して120くらいで精一杯という状態から脱皮できませんでした。何とかこの壁を越えたいものと、今年は意欲的にやっていました。

平日の夜など、週に2回くらい、運動もかねて徒歩でボウリング場に通い、2ゲームと靴代で1回千円です。先日はタダ券を2枚拾いましたよ(*^。^*)憑いてるねえへへへ。

若い頃にボウリングが流行りましたが、当時、私はお金がもったいなくてボウリング場に通えませんでした。だから下手のままでしたが、年に1~2回は何かのレクレーションでボウリングがある度に、私も上手になりたいなあと思って、NHKの趣味悠々のテキストを買って勉強したり、ボウリング場の会員に登録して1ヶ月くらい通ったりしたこともありましたが、さっぱり上手になれませんでしたよ。

で、今年は、ある作戦を考えたのです。それはボウリング場にはいつもプロがいるので、彼らにうまく声をかけて、ひとことアドバイスをもらおうという作戦です。今年はこれが効を奏してるようです。

今日の、166なんてスコアは初めてです。ストライクが4つ、スペアミスが2つでした。これでしばらく安定してきたら、いよいよ本格的に、マイシューズを購入しようと思います。

2月には、書士会のボウリング大会がありますので、皆を驚かせたいです。みんな、見てろよ!

何事も強い向上心と研究熱心が大事ですね。あー、嬉しいなあ! イヤー、まったく、これぞ、六十過ぎての青春ですよ。(*^。^*)

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2008年12月13日 (土)

たのしいにほんご

毎週、日曜日の午後の時間を使って、外国人に日本語会話の練習をしてもらう企画を始めました。”たのしいにほんご”という企画名です。

日本語講座で教えた男性の外国人4人の家を訪ねて、案内チラシを置いてきましたが、1回目の先週の日曜日は参加者ゼロでした。そのうちボチボチ来てくれたらいいですね。ボランティアで、こちらのやれる範囲で行うのですから、だれも来なくたって困ることはありません。

外国人と待ち合わせる場所に指定した会場が、先週の日曜日は休館でした。希望者から私のケイタイに連絡があるかもしれないので、しばらく様子を見ようと、隣りの喫茶店に入ってみたら、なんとそこでは歌声喫茶が開催されていて、爺婆・・・おっと、昔の若者たちが十数名たむろしてるじゃありませんか。私も仲間に入って、アコーデオン伴奏で歌ってきましたよ。カチューシャ、高原列車は行く、長崎の鐘、スキー、フニクリフニクラ、坊がつる賛歌,etc

大きな声を出して歌うことはいいですよ。日本語を教えることでも喉を刺激していいですが、歌となるとより健康にいいでしょうね。これから毎日曜日はここに来ることになImage112りそう。

山行きの趣味は土曜日などにすればいいかな。

私の日本語ボランティアに関しては、ブログ;「悠さんの野帳」に、今年2月から、日本語ボランティアというカテゴリーで書き込みしてますから、良かったらご覧ください。

いろいろ、多趣味ですから、そうした遊び的なことを、このブログに書き込みますので、おっ楽しみにー!(*^。^*)

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2008年10月23日 (木)

紅葉の立山黒部バスツアー体験

好天の確率が高い十月中旬、妻と、立山黒部のバスツアーに参加してきました。

清水から5時間かかって長野県の扇沢に到着。ここからトロリーバスなるものに初乗りしました。発着所の係員が大声で場内整理しながら、「オニギリはいかがですか」なんて叫ぶもんだから思わず笑っちゃいましたよ。Image00700

黒部ダム駅では看板の前でコース案内をしている駅員が、これまた駄洒落の連発で、ダムという重苦しいようなコンクリート世界の重圧感を和らげてくれていましたよ。

展望台に昇ると、出口正面に雄山が見えました。周囲の山は急峻です。紅葉が綺麗でした。特にダムのすぐ横の紅葉は真っ赤でしたよ。ダムの放水は物凄く、水流がまるで雲のようになって、ゆっくりとフワーッと膨らんで落下して行っていました。見ていてなかなか飽きませんよ。井川ダムなどとは比較にならない迫力でした。

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次は、ダムからケーブル に乗って黒部平です。ここはたいしたことはありません。黒部湖の向こうに、屏風状に切り立った山脈がそびえています。こうして眺めると、「後ろ立山」といわれる訳がやっと理解できましたよ。立山っていう呼び名は、聳え立つ山々を指して呼んでいるんですね。昔はタチヤマと呼んでいたそうですから。

後ろ立山の一番高いところが鉢ノ木岳です。友人の高橋夫妻は十月の初めにここに登ったようです。スゲーなあ、と感嘆しましたよ。Image023

さて、ここから更にロープウェーで大観峰へ昇ります。ここはまあ、たいしたことはありません。またトロリーバスに乗ってずうっとトンネルの中を通り、出てきたところが室堂です。時刻は4時でしたよ。

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室堂は広い盆地です。名水が湧き出ていました。盆地の向こうに聳え立つ山々の右端が雄山です。山頂にお堂のような山小屋が見えていました。十年くらい前だったでしょうか、正月に雄山を目指した一行が吹雪に巻き込まれて一の越あたりで遭難したんでしたよねえ。晴れた日に眺めてると何の苦労も無く登ってゆけそうな山ですがねえ。山を甘く見てはいけないんですねえ。

広い室堂盆地を適当に歩き回ってセンターに帰ってきましたよ。ま、たいして感動するようなところでもないです。だって、センターの建物のそばには車が数台駐車してるんだから、まったく興ざめですよ。

室堂からはバスで富山県の立山町まで下ります。運転手さんがこの辺りの魅力をガイドアナウンスしながら揺られてゆきます。剣岳が良く見えてましたよ。弥陀が原とか美女平とか、台地が多いんですねえ。台地のはずれは断崖になっていて、称名の滝などの観光名所を造ってるんですねえ。

宿舎のペンションに着いたのは6時半で、外は真っ暗でした。安っぽい宿で、食事も安いなりのメニューでしたが、仕方ないですよね。でもサービス精神は旺盛でして、食後には山などのビデオをスクリーンで見せてくれたり、翌朝の食事中には電子ピアノを弾いてくれたり、見送りでは犬も2匹が立って手を振らされていImage039たりしてほほえまImage061しかったですよImage054

さて、翌日はもう、時間つぶしみたいな付け足し観光です。雨にけぶる称名の滝まで歩かされ、次は宇奈月からトロッコ電車に1時間乗せられて鐘釣まで行きました。トロッコ電車は、静岡の千頭から接阻峡を渡るトロッコ電車のほうが迫力満点だよなあ、などと語り合いつつ乗って行きました。   この辺りは、剣岳や白馬に挟まれた渓谷なんですねえ。電力会社はこういう峡谷を開発して発電所を造ってるんですねえ。大変な仕事だなあ。

私たちの一行は鐘釣駅で降りて、数人が露天風呂まで行ってみました。歩いて15分くらいで、崖の下の河原にありました。石を積んだだけの風呂です。湯に触れてみると、何と熱いですよ。風呂の周りの川の水も温かいではありませんか。熱水はすぐそばの崖の下から川に流れ出ていました。観光客がガヤガヤと足湯を試して喜んでいました。こりゃあホッとするねえ。(*^。^*)

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ま、この日の観光目玉はここだけですよ。

あとは、冴えないお土産センターに連れてゆかれて、魚津経由で帰路に着きました。

ちなみに、今回のツアーは、クラブツーリズムという、東京に本社のある、大きな旅行会社でした。バスガイドが熱心で、復路でもあれこれ話をしてくれ、ストレッチまでやりましたよ。添乗員もまずまずでした。弁当の中身も良く、アンケートには90点の評価をつけて返しました。

ところで、これらの写真は、替えたばかりの最新の携帯電話内臓のカメラで撮ったんですよ。結構綺麗に写ってるでしょ。これならもう、重たいカメラを持って歩く必要もなさそうです。いやー、技術の進歩は凄いですよねえ。特にケイタイはすごいねえ。感服しました。

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2008年4月30日 (水)

百蔵山から扇山へ

春の足慣らしに、仲間7人で、大月市の百蔵山から扇山を歩いてきた。

猿橋方面から百蔵山に車で入る道は、標識を見て百蔵山とだけ表示されCimg5324_2ている道をまっすぐ進入していったら、和田美術館の下あたりで道が狭くなってしまった。仕方が無いから近くの空き地に車を止めて、そこから山に向った。

美術館の上まで行くと、なんとそこに駐車広場があった。ちょうど来た人に尋ねたところ、車で登ってくる途中のY字分岐路の標識で、百蔵山扇山という標識の方向を上がってくれば、この駐車広場に来れたそうなのだ。

駐車場の左手の一段低いところから、林の中に入ってゆく小路がある。これが登山口だ。小路に踏み入るとすぐに、カラフルな標識や、かわいらしい家の形の登山名簿入れが設置されている。ヒノキ林の急斜面をトラバースして高度をかせぐ。Cimg5325 Cimg5326

35分も登ると林が切れ、50分経つころには尾根に出るのだが、私の体調は最悪で、登りが辛くて辛くてもうリタイアしようかと思ったくらい。後から思うに、斜面を上がるための筋力がすっかり衰えてしまっていたようだ。

正月に風邪を引いて一月間さっぱり運動してなかったから、それで筋力はガタ落ちになったらしい。2月からジョギングを始めたけど、山登り向きの鍛え方はして来なかった。それがこれほどこたえることになろうとは・・・あーしんどかったぁ・・・・

百蔵山の頂上には1時間10分で着く。山頂からの眺めは、春霞でろくに見えない。Cimg5333 Cimg5332 Cimg5331 Cimg5330

大月秀麗十二峰の一つだという案内板がある。

ここから、大久保山まではアップダウンを経て2時間10分かかる。途中の直登がきつい。4人の男仲間は私より年下で体力も強いから、さっさと先に行ってしまったけど、私はハーハーヒーヒーの息で、途中何度も立ち止まってやっと歩き切った次第。マイッタァー。

大久保山から扇山までは20分。扇山の山頂はなだらかなCimg5336 Cimg5335 Cimg5338 Cimg5337_2丘になっていて、桜が咲いていた。眺めはこれも春霞でサッパリだった。

ここで昼食と昼寝。

頂上から来た道を少し戻り、分岐を下に下ってゆくと、梨の木平まで1時間半の歩きやすいジグザグ曲がりの道だった。 車は、百蔵山から先に下山した仲間が回送してくれてあった。Cimg5349 Cimg5348 梨の木平が扇山の登山口だ。

大月は桜や桃が咲き、神社では賑やかにお祭りの人出がしていた。時間があれば、富士吉田名物の、太いうどんでも食べてくればよかったなあ。

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2008年2月24日 (日)

冬眠はおしまい。さあ、やるかー!

「もう、寝てられない!」 そう思って今朝は5時に起床しました。すぐに、大葉粉末とスキムミルク入りのにヨーグルトを食べ、黒砂糖を少しかじってお茶を飲み、蒸しパンを食べました。

なんでこう張り切るかと言うと、金曜日の夜のNHKで、日米古老戦友たちのソフトボール大会を観て、大いに刺激されたんです。TVでは、80歳を過ぎて少年野球のコーチをして子供と一緒になってベースを一周したりしている老人たちがぞろぞろ出てきました。また、彼ら、老人たちの顔つきが皆とても健康そうで若々しいのです、よーし、自分もああいうような元気な姿で晩年を過ごそう!と思わされたんです。

ところで、この冬は体力づくりが停滞していました。正月元日から風邪で床につき、寒風の中で無理をして運動することも無いからと思い、そのままずるずる最近まで来てしまってました。さらには、省エネで早寝遅起きをしていたから、朝は8時頃まで布団の中にいました。

一月くらい、寝てばかりでゴロゴロしていたら、脚力はガタ落ちになりました。1時間も歩くと疲れてしまうんです。さらに歩いた翌日は足腰が張って痛いんです。Cimg1043

これではいけないからと、最近は、梅が咲いてきて、冬の寒さも和らいできたから、ときどき公園の中を1時間くらい歩き回り始めました。

また、もう一つは、「ぼつぼつ運動を始めよう、冬場はボウリングがいい。」 そう思って、ときどきボウリングもして体を動かしてます。これまでのボウリングのスコアーは120くらいだったのですが、すこし気をいれて取り組み、研究してやってみたら、昨日の大会では151が出ました。賞品に大きな真空保温調理器をもらい、気分よく我が家に凱旋しました。

こうなると、こんどは、プロの指導を受けてみようか、なんて思ってます。こうして自分を調子づかせて運動させるようにするのも、健康増進の工夫ですよね。

もう少ししたら、また山歩きに出かけようかな。テレビで観た、80歳過ぎても元気で野球やってる老人たちを目標に、自分も頑張るぞー!!!(*^。^*)

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2007年12月 6日 (木)

舞妓の踊りを見るには

妻が、「せっかく京都に行くなら、舞妓さんの踊りを見たい」と言うのです。

舞妓の衣装を着せてもらうサービスが人気らしいから、それをやってみたらどうかと薦めたら、そこまではしたくないと言う。大金はたいてお座敷を掛けるならともかく、舞妓の踊りを見たいという要望に応えるのは、ちょっと難問でした。

インターネットで舞妓を検索していたら、京都伝統芸能館ギオンコーナーなるものを探し当てました。小一時間で伝統芸能を見せてくれる中に、舞妓の踊りもあるとのこと。料金は2800円。これがいい。京都での夜はここに行って見ようという計画になりました。

それは、祇園の弥栄会館の中にありました。夕方6時半からの切符販売には、10人くらいしか来てなくて、ホントにちゃんとやってくれるのかなあ、と心細かったのですが、外人たちが結構大勢来て、開演前には団体客も加わり、賑やかになりましたよ。

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まずは、茶道裏千家のお手前。客には外人が2人座りました。お琴の音にのって華道池坊の生け込みです。                    

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次に雅楽狂言があり、それからやっと舞妓の踊りで、月は朧に東山ァ~という唄にのせて踊ります。  踊りそのものは大したもんでもありません。まー、手足を動かしてる、っていうくらいで、さっぱり情緒の無いものです。最後が文楽で八百屋お七です。3人がかりで演じてました。

これらが京の伝統芸能ということらしいです。茶道、茶道、能、狂言などは、室町時代の東山文化が生んだもののようですね。当時の武家を中心にした、簡素、幽玄の表現と武家的作法にその特徴がありますね。

当時は、悪党が割拠し、戦乱、強盗、年貢の重税、公事、夫役と飢え、貧困、 疫病など、人口の殆どが農民だった当時の庶民はろくな生活が出来なかった、今の世の中とは比較にならないくらいの大変な時代だったようですが、政治に無能な将軍を中心に、このような芸事が流行っていたのですねえ。西洋でも、中国でも、芸術の発祥は、特権階級の贅沢三昧から生まれてるんですよねえ。

庶民は搾取され虫けらのように虐げられていたであろうことに思いを馳せると、なにか、とてもやりきれない気持ちになります。

金を湯水のように使って、宴席を設け、こういう芸能をやらせて、お大尽遊びなどしなくてもいいから、皆が仲良く、つつましく、平和に暮らせる世の中が一番有難いんじゃないでしょうかねえ。

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2007年12月 5日 (水)

祇園のお番菜と,うどん

京都のおふくろの味、お番菜をいただきました。

懐石料理は、盛り付けが美しい、品格ある料理で、酒を酌み交わしながらゆっくりいただくべきものでしょうが、なんせボリュームがなく、物足りない感じですよね。今回は、料理好きの妻が同行しての旅なので、おばんざいの店を探しました。

祇園にある小さなお店で、一見、ありきたりの小料理屋のようで、本でも調べてなければ、ここがおばんざいの店かどうかわからないと思います。掘りコタツ式のカウンターがあり、数人で満席です。

ここでは、料理がお任せ式で給仕されてきます。柿なます菜っ葉と油揚げの炊いたもの、大根、里芋、手羽先の炊いたもの、豆乳豆腐、つくねにジャガイモサラダ、梅肉入りの茶碗蒸し、鮭ご飯に漬物。これらをお酒の肴にしてゆっくりといただきました。どれも薄味で、いい味でしたよ。ほんとに肩のこらない家庭料理ばかりでした。器もいいものを使ってました。

一人前で5千円。ということは、1品が600円くらいかな。おばんざいのバイキングもどこかでやってるらしいけど、そういうものは、冷めてしまっていておいしくないでしょうね。やはり、湯気の立ってる料理がおいしいですよ。

店のおかみさんに、その日見てきた清水寺の様子を話したところ、「はー、行ったこと無いのでわからへんわ」だって。祇園から清水寺は目と鼻の先なのに、地元の人は行ったことが無いなんていう人が多いのかなあ。灯台元暗しとはこういうことを言うんだねえ。

1 昼食には、権兵衛のうどんと親子丼をいただきましたが、うどんの汁はいくら飲んでも飽きない味で、親子丼はご飯がとてもおいしく炊けてましたよ。給仕の店員は和服に割烹着で、客の機嫌を損ねないよう、しゃかしゃか動き回ってくれてました。

バスツアーの昼食で出された湯豆腐は、ダシが1センチくらいの昆布だけ。まるでお湯だけで豆腐を煮ている始末。薬味は無し。こんなもん、料理とは言いませんよ。埋め合わせに、あとでパンを買って食べました。

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2007年12月 4日 (火)

京都の紅葉はすごい。

22_cimg4682_3 33_cimg4702  11月26日は連休明けだというのに、清水寺は観光客   で 溢れていました。清水の舞台から人がこぼれてきそうなくらい。境内の紅葉は真っ盛りで、ほんとうに目のさめるような赤でしたよ。                                                                   

69_cimg4765 70_cimg4768  高尾山神護寺の金堂の裏手にある、多宝塔の周囲の紅葉です。清滝川を渡ると、山全体に紅葉が錦のように広がっています。階段が多くて、足腰の弱い方には無理かもしれないね。

72 73_cimg4775  隣の西明寺も紅葉に溢れてましたよ。時間制限の無い旅なら、茶店でゆっくり酒を飲みながら歓談することが出来ようものを。今度来るときは、次々と歩き回るツアーじゃなくてじっくり腰を落ち着けて、日本の秋を楽しみたいものです。

高尾三尾といわれる高山寺は、紅葉もさっぱりでしたし、鳥獣戯画は模写が、それも薄暗いところに置いてあり、懐中電灯で照らしてみる始末で、拝観料500円は損したような気持ちです。ここは薦めしません。

西山連峰の大野原神社も紅葉はまばらで、大した見所はありません。

102_cimg4847 101_cimg4846 91_cimg4828 光明寺は圧巻でしたねえ。広い境内に紅葉がぎっしり。なんせ、紅葉の回廊なんて名前の道もあるんですから、とにかく綺麗でした。

93 100_cimg4845 99_cimg4842 京都は寺院が多く、皆それぞれ自慢の紅葉を植えていて、そういう名所が寄り集まってるからすごいですね。

地方の紅葉の名所は、京都のように名所が次々と連鎖してないですからね。やはり京都の紅葉は必見のものでしょうよ。

大自然の山の紅葉とは違って、手入れされた庭の、まさに人工の美の極地です。

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