2016年4月 7日 (木)

春の姫路城

赤穂から姫路に着いた。姫路駅の周りは大勢の人でごった返していた。桜満開のこの時期の、しかも日曜日なので、姫路城見物の観光客があふれているのだろう。

姫路城へは、駅前の大通りをまっすぐに15分ほど北に進めばよい。この日の天気は曇りで小雨が少し落ちてきていた。桜の背景に城を入れて写真を撮るのは生憎の天気だ。Cimg9713

地上から天守閣の屋根の上までの高さが46mだ。

Cimg9718

こんな人がお出迎えしてくれた。

Cimg9721

入場券売り場に近づいたいたところで、本日分の天守閣の入場整理券の配布は終了しましたという張り紙が出されていた。これには愕然とした。せっかくやってきたのに入場できないとは!こういうことはガイドブックにはなかったよ。いやー残念!ま、仕方がないさ、と思っていたところ、見ず知らずの年配のご婦人が声をかけてきて「この入場整理券2枚、良かったら使ってください。私たちは、団体バスがもうじき出発するので、もう時間が無くて入場できないんです」と言って整理券を2枚くださったのだ!!なんという幸運だ!まさに奇跡じゃないか!こんなことってあるのだろうか!Cimg9725

私はあわててそのご婦人の写真を撮ったが、後姿しか撮れなかった。ありがとう!!

Photo

奇跡的な幸運に感謝しつつ、最初の大手門である、菱の門に向かった。こんどはそこでボランティアらしい年配の男性ガイトさんと親しい会話が出来た。そのガイドさんに意地悪な質問をしてみた。城というのはあちこちに防御の工夫が施されていて鉄壁の守りを固めていると解説されるけど、本を読むと、この姫路城は、西側の防御が弱かったためか、戊辰戦争では戦うことなく落城したと言うがその理由は何か。という質問をしてみた。これにはガイドさんも返答に窮して、西の丸には女たちが集められていたからとか、訳の分らぬことを言ってはぐらかすばかりだった。ガイドさん困らせてごめんね。
Cimg9727

石垣にもいろいろと工夫や歴史があるようです。


Cimg9730


Cimg9733

秀吉が増築した時に、大名たちは石垣の石の調達に困り、墓石まで集めたとのことで、この門の両側の縦長に組まれた石は何と石棺だという。左の石は中がくりぬかれているのが分るだろうか。

Cimg9758

これは大天守4階の石打棚。この棚に上がって石を投げつけるらしい。

Cimg9739

東西2本の大黒柱。東の柱は当初からの樅(モミ)の木で直径95センチ、長さ24,5m。この大柱で高さ31mの木造建築を支えている。外人観光客もたくさんいたが、彼らは、木造では火に弱いのに、どうして城全体を石造りにしないのか理解できないかもしれない。私は木造でもこんなに大規模な建築物を作れた技術に感心した。法隆寺もそうだ。

Cimg9753

最上階(6階)には神社。

Cimg9746

天守閣の6階からの展望。まっすぐの大通りの突当りが姫路駅。彼方に家島諸島が見える。

Cimg9744

西の丸の風景。

Cimg9747


Cimg9734

Cimg9759


2時間余り、ゆっくり見物して帰途についた。途中にこんな店もあった。

Cimg9762

姫路駅前で、お土産に龍野の醤油を3種類とベルトを1本買った。帰宅してから、卵焼きにこのだし醤油を垂らして食べてみたら、旨いのなんの。なんにもしょっぱくない。まさに旨いものはわが家にあり、だ。

この町の産業紹介のパンフレットをもらい、帰りの新幹線の車中で読ませてもらった。手延べ素麺、駄菓子、皮製品、にかわ、マッチ、軍手、ボルト、鎖、ゴルフアイアン。

私は北海道の田舎町で生まれ、東北で育ち、東京で学生時代を送り、今は静岡に住んでるけど、東北地方の町は大した産業もなく生産性が低いので家や車も古いものが多くて、町全体にどこも貧乏くさいが、西日本は生産性が高く、街も住宅も立派なところが多く、豊かな暮らし向きの様子が窺える。

Cimg9764

観光地を比較しても、西日本には大きな観光地がたくさんあるけど、東日本では日光以外に大きい観光地は札幌くらいしかない。日本の経済も文化も西高東低である。だから、私のように北国生まれの人間にとっては、西日本はとても魅力的だ。今回もそうした魅力ある西日本の文化に触れることのできた良い旅となった。人生ありがとう。     (了)





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月 6日 (水)

赤穂城と大石神社

倉敷を出て、夕方に播州赤穂に向かう乗換駅の相生で、年配の、日焼けした警備業らしいおじいさんと親しくなった。電車の中でいろんな話になり、この人は坂越駅で降りて行った。こういう人との出会いは団体旅行では味わえない。私たちは次の播州赤穂で降りた。

Cimg9709

駅の構内には、浅野内匠頭の辞世の句が大きく飾られている。忠臣蔵と大書した書は悪筆だった。

Cimg9657


Cimg9658

路線バスで宿に向かう。
宿の前には播磨灘が広がっていた。小豆島に向かう船から眺めた家島諸島が点在している。平家隆盛の昔からこの海は豊穣の海であり、富を運んだ海であったことだろう。

Cimg9663

(上の写真)生島から西へ目を移すと

Cimg9662

左が家島で

Cimg9659

その右が西之島。石を切り出した山肌が痛々しい。

Cimg9661

右の向こうが小豆島

翌日は赤穂城に出かけてみた。ここは平城で天守閣はない。

Cimg9675

Cimg9703

Cimg9704

下の写真は大石内蔵助の長屋門

Cimg9707

元禄14年、主君の危急を知らせに家老大石のもとに駆けつけた早水と萱野だ。Cimg9694

私も当時の早籠に乗ってみたよ。

Cimg9685_2

この一報から大石の人生はドラマになってゆく。

Cimg9693

1年10か月後の12月14日、赤穂浪士47名は吉良邸に討ち入りした。

Cimg9691

私も真似して、昨夜は妻のベッドに討ち入りし、大願成就。そのあと切腹のお沙汰もなく旅を続けられた。

Cimg9668

浪士たちの実際の装束はこんな風だったようだ。

Cimg9677

2016040617250000

堀部安兵衛が着込んだ鎖装束

Cimg9683_2

赤穂浪士の討ち入りはまさしく武士の美学の実践であった。幕末に井伊直弼を暗殺した水戸浪士は称賛されなかった。同じ私闘であっても随分と評価が違うものだ。

城内には立派な大石神社が建てられていて、毎年、義士祭りなどが盛大に開かれている。義士顕彰会の会報もあるんだ。

Cimg9687

神社の外には義士47名の石像が並んでいた。

Cimg9695

Cimg9682

ここは、城の明け渡しで、大石が名残を惜しんだとされる清水門跡

Cimg9702


Cimg9700

隣接の歴史博物館で赤穂の歴史を眺めると、赤穂は最高の塩の生産地で、大正時代には4000人もの労働者が塩の生産に従事していたらしい。江戸時代もおそらく相当裕福な藩であったと思われる。それで浅野家が勅使接待役に選ばれたのだと思われる。吉良家も海運業からの収益で裕福な藩だったのだろう。そうした金持ちの藩のいざこざが赤穂浪士のドラマの背景なのだろうか。

赤穂の土産に塩と小魚のくぎ煮を買った。これが旨いのだ。

Cimg9674

私たちは赤穂城を出て、徒歩で駅に向かった。今回の旅のメインは姫路城の見物だ。10分ほど歩くと、途中に昔ながらの米屋があった。「精米 知事許可」という青い看板が下がっていた。これこそレトロそのものだね。

Cimg9708

このとき、私たちは向かう方向を間違えて、駅から離れた方に歩いていたのだった。なんとなく道端で人に道を尋ねたら「、駅はあっちですよ」だって!!
これじゃあ、12時9分の姫路行きにはもう間に合わないなあ。ところがこれがその後の姫路城での奇跡に繋がるのである。果たしてその奇跡とは?乞うご期待!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月 5日 (火)

わずかの時間で倉敷観光

Cimg9646

何処に行っても桜が咲きている4月上旬の土よう日に、倉敷の大原美術館に行ってみた。

倉敷は駅前から美観地区まで観光一色になっている。折からの人出も多い。

大原美術館は建物が古風な石造りだ。展示品は、絵画の見ものが東京の国立新美術館に貸し出されているので、たいしていい作品はない。絵画ではピカソ、シャガール、モネ、佐伯祐三、梅原龍三郎が1点、岸田劉生が2~3点くらいしかいいものは無かった。これは来る前に予測していたことで、3月の末に国立新美術館で予め大原美術館の良いものを見てきていた。

陶芸は河合寛治郎を中心になかなかのものがあった。北魏の石の彫刻も良かった。

美術館を出てお堀沿いに美観地区を歩いてみた。水路は100mくらいの長さが観光化されている。人力車も出ている。

Cimg9645

花嫁衣装を着たカップルが2~3組、船に乗って見せている。カメラマンが寄って来て写真を撮っている。これは観光用にパフォーマンスすれば披露宴の費用が安くなるなどの特典があっての仕業に違いない。

堀の両側の旧商家を改造した飲食店や小間物屋は、たいした旨いものや気の利いたものがあるわけでもないだろうに、何かを買ってみたい、喰ってみたい観光客で賑わっている。とても昔のひなびた町並みを味わうなんて場所では無い。とにかく貧乏人に小銭を落としていってもらおうと、町中があさましいくらいに商売している感じなのだ。こういう観光地は日本のあちこちにできている。こういう場所に来ると、私は何か逃げ出したいような気分にさせられてしまい、何も買わず、何も喰わずに立ち去ってしまう。

Cimg9649

それでも、妻が立ち寄ってしまった陶芸店で、備前焼の小さな花入れを買ってきた。この店の埴輪もいい色の焼き物だった。店の主人は80代くらいの老人で語り口が上品だったからひとつ買ってみる気になった次第。

Cimg9654

倉敷を後に播州赤穂に向かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月15日 (金)

見どころいっぱいの日本平ハイキングコースを行く

上高地から歩いて6時間ほどのところに、穂高連山に囲まれた涸沢(カラサワ)という盆地がある。ここは紅葉の時期になると、空の青、雪の白、紅葉の赤が織りなす絶景になるそうだ。これを一度この目で見たいと思いつつ何年も過ぎてしまっている。

はたして今の自分が6時間歩いて涸沢にたどり着けるだろうか。行くとすればどういう行程をとればいいだろうか。あれこれ考えるばかりで実行には至っていない。

私は十数年前から山歩きを楽しむようになったが、数年前に山歩きの会を辞めてからは山にはたまにしか行かなくなって、JRのさわやかウォーキングに参加したりしながら、最近は健康管理で自宅の裏山の公園の中をうろついているばかりだ。

そんな山行きの思いを抱きつつ、昨秋は一泊のバス旅行で白馬岳周辺のハイキングツアーに行ってみた。二日間とも小雨模様でついてない天気だったが、二日目の八方池までの3時間コースを歩いた時は、緩やかな坂道を30分も歩いたら息切れして、雨合羽を着ているうっとうしさも手伝い、何かもう、歩きたくなくなり、リタイアしてしまった。これには我ながらその不甲斐なさに呆れて、つくづく自分の体力の無さを痛感する次第となった。帰路のバスの中では、もう一度自分の体力を鍛え直して、来年こそは涸沢に行こうと決心した。

こうして年が明けた正月、今年はあちこちの低山から歩いて鍛えようと、まずは近くの浜石岳707mに行くことにした。1月10日の夜、山歩きの服装などを点検し床についてみたものの、果たしてちゃんと昔のように山頂までの片道を3時間で登れるだろうかと心配になった。そして念のため、今回はもっと低い山から登ってみようと思い直し、自宅の裏山の日本平303mをガイド本のコースに従って歩いてみることに企画を変更した。日本平は平成12年に初めて山歩きをやり始めたときに上った山だ。

翌朝、9時半過ぎに家内と二人で自宅を出発し、徒歩で近くの静鉄電車の駅まで歩き、県総合運動場前で下車。ちなみにこの駅は静鉄電車の草薙駅の2つ静岡寄りで、静鉄の草薙駅はIR草薙駅から徒歩5分ほどの位置にある。

運動場駅前の阪神調剤薬局前を右折してすぐの交差点を左折し、その先の地下道を通って運動場公園に出ると正面の奥に英和学院の建物が見える。これからあそこの左の農道を南進してゆくのだ。さてこの先は右に野球場を見ながら左手の陸上競技場を左に巻くように南進してゆくと

Cimg9318

今度は右手に駐車場が現れる。駐車場の先に車の行き来している旧東海道がある。その旧道にはどのように向ってもいいのだが、我々は駐車場を斜めに横切って、江崎新聞店の前の交差点に出た。

そこから旧東海道を西進し、交差点の左手にある東豊田交番の角を左折し、緩やかな上りこう配の車道を南進する。畑守稲荷前というバス停の右手に、池田の森という上質な住宅地がある。入口右ののお店の裏には、住民が共同で管理している有機農場がある。県総合運動場前の駅からここまで、約25分だ。

Cimg9325

更に南進してゆくと東名高速道路があり、道路の下の隧道をを潜ると「日本平動物公園下」バス停がある。バスで来る場合は、静岡駅の北口から日本平行の便に乗ることになる。今日のハイキングコースはこの隧道を潜ってすぐを左折し、高速道の土手の斜面に沿って北東に坂道を上がってゆく。この場所に来るには動物園の駐車場に車を置く方法もあるのかな。我々はここをくぐって左折し、東名の土手に沿って北東に進む。

Cimg9327

坂の上に東名日本平サービスエリアの大きな鉄塔があり、時計版が取り付けられている。その鉄塔のところから右後方に行く道があり、「椿の里」の大きな看板が立っている。ここの分岐を右折して椿の里に向かう。

右手に英和学院の施設を見ながらゆるい坂道を上る。二又の道は左側に進む。やがて椿の里の入り口に着いた。我々はここでいったん休憩し、厚着してきた服を脱ぎ、時計を見ると11時であった。総合運動場の駅から池田の森などで道草しないで来ればおよそ30分くらいでここまで来るのではなかろうか。Cimg9329

椿の里にはいろんな種類の椿が咲いていて、茶店もあって早春の気分が十分味わえる。ここを通り過ぎるとあたりは一面の茶畑で、来た道を振り返ると、写真のような景色で、静岡市の高層ビルや市街地を取り囲む山々の景色が手に取るように眺められる。

Cimg9336


少し先の、左手にある倉庫の前には、飲料の自販機があり、一本100円だ。もう少し上ると坂の頂上で、左から上がってくる道と合流している。ここから道は下り坂となるが10m先には細い鉄の門がしまっている。近づくと「通行時は押してください」と書いてある。

Cimg9338


舗装道路は終わり、枯葉道を下ってゆくと右手に日本平パークウエイ道路が現れる。右手向うに焼津のホテル松風荘のある岬が見える。さらに進むと左に舞台芸術公園の施設が現れる。施設の案内標識を通り過ぎてトイレの向うを左(東)に下ってゆこう。時々、遠くで射撃音が聞こえる。あれは平沢観音から北に下ったところにあるクレー射撃場からの音だ。

Cimg9340


Cimg9341

すると今度は左下にテラス付のアパート風の建物が見える。右手の高台に上がってみると丘の下に平沢観音のお寺と、離れて乗馬クラブが見下ろせる。

Cimg9342

Cimg9344

Cimg9343

この坂道をまっすぐそのまま下って行くのだ。Cimg9345

竹林を右手に見ながら蛇行しながら下りてゆくと、川があり橋を渡るとまた鉄の門があり、

Cimg9346


その向こう正面に平沢(へいたく)観音寺が現れる。

Cimg9347


寺の門前にハイキングコースの案内板が立っている。この寺には動物霊園があり、節分の豆まきには有名人がやってくるし、落語会も開かれる。無人販売の野菜も売られている。時計は11時40分だ。

ここから今度は左(南)に向かい、乗馬クラブに行ってみよう。曲がりくねった道を数分歩くと左手に施設が現れる。あ、馬が歩いてるよ。乗ってる人もいる。係員に馬を引いてもらって乗るだけなら1080円だ。どう?乗ってみる?こんな安い乗馬クラブはないんじゃない?

Cimg9355


ヒッチンポストという休憩所もあり、コーヒーマシーンを自分で操作すると150円でコーヒーなどが飲める。きれいなウォッシャブルトイレもあるよ。Cimg9356

この乗馬クラブのさらに奥に遊木の森という職業訓練所があるけど、そこは割愛してハイキングコースに戻ろう。

12時30分、平沢観音寺の鐘楼の裏手に廻り込み、本堂の後ろの道を道なりに北の方に進むと、ハイキングコースの案内板と標識が立っている。

Cimg9357


Cimg9358

ここを下る。すぐの二又は左だ。そして道は上りになり、切通しを通り抜ける。

Cimg9360

ここを通り抜けると右の道端に古い、石の標識がある。「右 ひらさわ左??」読めない。

Cimg9362


山道は下りになり、右側にロープが張ってある。有難い。そして山道は直角に舗装道路に行き当たる。ここに標識が出ている。

Cimg9366


これを今度は左へ約20mほど進むと右手に日本平への標識があり、山の中に上がってゆく。

Cimg9368

長い階段の山道をゴルフ場を右に見ながらしばらく登る。ここから長い上り坂になる。

これは途中にある標識だ。

Cimg9371

やがて前方の樹間に少し明るい空が見えてくると、ベンチが見え、複数の標識が立っている、道の分岐点に立つ。平沢からここまで40分だ。山頂広場はここからすぐのところだ。

下山時の帰路を草薙や馬走(まばせ)船越にとる場合はここが分岐となる。

Cimg9373

すぐに広い舗装道路に出る。道の両側に家が散在している。山頂へはこの上り道を直進する。広い道に従って左折しないで、右手の標識通り直進し、細い道を上がってゆく。

Cimg9396


その途上の右手に厳重な塀で囲んだ高島易断の建物があり、左に日本平ホテルの建物が見られる。このホテルは富士山の眺望が自慢で、ロビーからの眺めはまるで見事な屏風絵だ。

細い道を上ってゆくと車道に出るとこるに標識が立っている。ここはそのまま車道を横断し、この写真の斜め右前になるわけだが、目の前の20段ほどの木の階段を上がってゆく。

Cimg9375

そうすると山頂広場が現れる。駐車場には車が散在し、売店が2軒、左が月日星(つきひぼし)、右が川崎家だ。どちらが流行っているかというとそりゃあ外観どおり月日星の方だ。こちらの方が土産物が多彩で、2階にある食堂も広い。客への対応はいまいち雑だが。一方の川崎家はエスパルスの本拠地の静岡では応援してもらえないのかな?(^^)/

Cimg9377

上の写真の奥が月日星。下の写真が川崎家。


Cimg9379

山頂は両方の売店の間の道を上ってゆく。川崎家の手前を右に行くと、梅園があり、東照宮行きのロープウエイ乗り場がある。この車道を下ってゆけば今日の出発地点だった、日本平動物園下にたどり着くわけだ。

Cimg9393

この上に歩いてゆくと左に、赤い靴の銅像がある。童謡赤い靴のモデルは、明治37年生まれの岩崎きみという清水出身の子で、母親と北海道に渡り、2歳の時にアメリカ人宣教師に預けられたが、まもなく病気で亡くなったという話が石碑に刻まれている。しあわせ薄かった母子を唄ったこの童謡は聴くたびに何かもの悲しいね。

Cimg9383


Cimg9389

いよいよ本当の山頂に出てきた。眼下には清水港が広がって、向うには富士山が見える。

Cimg9384


Cimg9385

時刻は1時40分。先ほど複数の標識とベンチのあった分岐から30分かかった。これから下の売店で食事しよう。桜えび定食が1500円。私は900円のかつ丼にした。一階の売店では温かいたい焼きも売っている。

いろんなハイキングコースがあるけど山頂に食堂があるところはあまりないねえ。ここのすぐ近くに久能山東照宮までのロープウエイがあるから、団体客が大勢来るので食堂の経営が成り立つわけか。そういえば各地のロープウエイのある山頂には売店や食堂もあったことを思い出した。とにかくここのハイキングコースは便利がいい。歩く道も悪くないから靴はスニーカーの方が軽くていい。

時間の余裕があれば、東照宮にも寄ってみよう。ロープウエイの乗り場は山頂の南西側の下にある。歩いてすぐのところにある。もっと余裕がある人は東照宮の階段を下りて、海岸のそばで いちご狩りなんかどうかな。うちの娘(もうおばさんだけど)なんか、幾つものタッパー持参で、いちごをたくさん詰めて持ち帰ってくる始末。いやしいねえ。

月日星の北側にあるお茶の販売所横の車道を下って行けば、エスパルスのホームグラウンドの日本平サッカー場に行ける。試合は冬季を除く土曜日に開催されることが多い。当日券はいつでも余ってると思う。ここからなら試合のない日でもJR駅までのバスも出ている。

さて、帰ろうか。山頂広場からもと来た道を戻る。先ほどの車道を横断しどんどん道を下ろう。時刻は2時45分

Cimg9395

伊藤経済研究所の看板やら複数の標識が立っていた分岐では、馬走(まばせ)方面に行こう。こちらを下りると草薙神社や静鉄の狐ヶ崎駅、船越方面に出ることになる。船越堤公園までなら約1時間。草薙神社経由でJR草薙駅までなら約1時間半くらいだろう。


Cimg9397

どんどん下って行くのだけど、尾根道は狭いから道の両側に落下しないよう気を付けて。やがて車道が見えて、鋼鉄の階段を下り車道の上を渡ると一面の畑団地に出る。

Cimg9398

ここからは舗装道路となる。標識を確かめて思い思いの道をたどろう。西の方角に進めば草薙神社を経て草薙駅に行ける。西に住宅団地が見えるが、あそこは草薙神社の裏手(南)の草薙団地だ。草薙神社のを少し下って途中で左に折れ、急坂を上り、坂の頂上をまた左に行くと、県立美術館に行ける。草薙神社の前の道を下って行けば南幹線道路に出る。そこを横断すると、静鉄電車の踏切付近に焼き鳥屋とか居酒屋が数軒あるし、5分ほど北に歩けば草薙の湯という地元で人気の温泉がある。ここで疲れをとるのもいい。

さて、畑団地のなかを進むと突当りにも標識がある。私の家は船越だから、右つまり北の方角に向かう。

Cimg9400

畑の中の舗装道路をどんどん下り、突き当たって左折。さらにクネクネ曲がってゆくと道は二又になる。左に行けば馬走の集落、住宅地、ジャスコを経て狐ヶ崎の駅に出れる。船越堤公園へは右だ。


Cimg9403

ここが船越堤公園だ。清水港や富士山が眺められる景勝の地だ。バス通りに出ても草薙駅行きのバスは少ない。土日祝日は3時間に1本くらい、平日は一時間に1本毎時20分だ。


Cimg9405

いやあ、お疲れ様でした、時刻は3時45分だ。

日本平ハイキングコースは、日本平を中心に、南に東照宮といちご畑、西に日本平動物園、県立美術館、北に日本平サッカー場という大きな施設が配置され、更に小さな施設があれこれあって、とにかく見どころ満載のコースだ。いろんなコースを組める。

次回は草薙駅から草薙神社を経由し、神社の裏手の保育園の向う側を左折し畑団地の中を北東に進めば日本平山頂を案内する標識があるから、それに従って今日のコースを逆に歩き、最後は日本平動物園下から草薙駅にかけて点在している温泉や喫茶店、居酒屋などでくつろいでみたい。

帰宅して体重計に載ったら、おー、減量しているではないか。みなさん、さあ、どんどん歩いて健康増進だよ。

では、これで。ごきげんよう!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月18日 (土)

喜寿になってのジム通い。

今、体調は絶好調!夕食は粗食だったけど実にうまかった!

夕食前に、今日の夕方行ったところに次回行くための、バッグやタオル、靴下などの準備をしていたら、突如、ほんとに突如なのだが、真夏でもないのに額から汗が噴き出してきて、上半身がビショビショになった。この汗をかくというのが後のたまらない爽快感につながるものだ。

まだ、真夏ではない今日の天気というのは、梅雨の終わりの、雨が降ったりやんだりの蒸し暑い気候で、気圧のせいで体がだるくて何も積極的にやろうというような元気が出ないのが普通だろう。自分もそのとおりで、このうっとうしい天気の中で、海の日を含めた連休をぐうたらに過ごしてしまうかもしれなかった。

しかし、今日は午後になっていきなり、何か行動を起こしてスカッと気分転換をしたくなったのだ。それで選択した行動というのが、ジムに行くことだった。

ジムに行ってすこし筋トレをやって、プールで泳いで、ジャグジーに入ってこよう!そうだ、それがいい。ボーリングよりプールの方がいい。そう思い立って急いで支度をしてジムに出かけた。

行く宛のジムというのは以前に何回か通ったことのあるジムで、こじんまりとした、あまり人気の無いジムで、何か貧乏くさいところなのだが、自分にはそこが居心地がいい。ここの料金は3時間で880円。会員じゃなくても利用できる。気楽なジムなのだ。

以前にジムの女性トレーナーから作ってもらったトレーニングメニューを保存してあったので、それを見ながらエクササイズしよう。そう思ってメニューの紙を見たら、2012年と書いてあった。そうなると、今日は3年ぶりということになる。いやはや、そんなにご無沙汰していたのか。だから、ロッカーの開け方も忘れれてしまっていて、受付のお姉さんに教わる始末。

そうこうして、何とか室内用のシューズを履き、タオルを片手にトレーニングルームに行ってみた。筋トレマシンが昔と変わらずに並んでいる。ランニングマシンは新しいのが入れてあるようだ。当節、世間のおばちゃんたちはクルマでやってきて30分無料体験のストレッチなどをやらせてくれる、カーブスとかいう、そうそう、クルマのおばちゃんだからカーブスかな?あそこのジムに集中している様子で、昔ながらのここのジムの客は、親父がたった2人しかいなかった。カタン、カタンと、誰かが使ってるマシンの冷たいような金属音が静かに室内に響いている。この、寂寥感みたいな静かさがいい。

メニューに従い、はじめに、エロバイクに乗ってみる。あ、間違えた、エアロバイクだね。これは昔とちっとも変らないマシンで、まるで昔の女に乗るような懐かしさだ。メニューでは,60wで10分間と書かれているけど、久しぶりなので、お手柔らかに、ゆっくりゆっくりとペダルを漕いで行った。そうしたらマシンが「遅すぎます」と言うではないか。おいおい、いくら久しぶりだからといって、そう、燃えるなよ、わかったよ、少しペースを上げるから・・・どうかな・・・ん?いいかな・・・だんだんこっちも馴れてきて、10分が終わった。もう、これだけで額に汗をかいてしまった。なんせ、今年は自分も喜寿になってしまったから、昔のような馬力は出ないよ。で、ぎこちなくマシンから降りて、次はベルトの上を歩くマシンだ。

2015071817010000

今度のマシンは、時速6kmで10分間のメニューだ。スタートしたら、速度が遅いので時速6Kmに修正したのだが、機械の方は4Kmに戻ってしまう。なにかこっちの女は最初はゆっくりゆっくりやりたいらしい。あたかも「おい、爺さん、急がなくていいよ」って言われて恥かいてるような気分だ。

2015071816220000

このあと、6台のマシンを使って、めにゅーの半分の回数をこなして、筋トレは完了した。今日は久しぶりだから、メニューの半分をこなせば上等だろう。これだけでも汗はびっしょりさ。水分補給して、ストレッチもやったよ。

お次は、プールに入ろう。プールに行ったら、夕方なので誰もいない。貸し切りだね。こりゃいい。まずは25mを歩いてから、平泳ぎでリターンしてきた。まだまだ泳げるぞ。ラクに、力を抜いて。もう少しでゴールだ。ひとかき、ふたかき、もうひとかき、はいゴールでした。

プールから上がると今度は温湯のジャグジーに入った。まずは足だけ入れて体をなじませてから、浴槽の中央に体を進める。ジェット噴射の水流が心地いい。誰もいない水泳場で温泉に浸っていると、この上ない幸福感に満たされてくる。

昼間にこうして筋トレなんかやって、プールで泳ぎ、温泉に入っているなんて言うのは、世界中で一番幸福な時間を過ごす人間だけではないか。自分がこうして幸福感に包まれているこの瞬間に、世界のあちこちでは、戦いと貧困が多くの人々を地獄に引きずり込んでいるのだ。あー、神様、お許しください。今、自分は、もったいない幸せを享受しています。

せめて、毎朝、世界の平和を祈らせてもらおう。そのくらいのことでもしなくては、罰があたるよ。若いモンは笑うだろうけど、ホントにそうだよ。祈りは宇宙に響いてゆくんだよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月10日 (日)

老衰(フレイル)と認知症、その対策はこうだ。

老衰の防止を研究している医者がいました。ライフ・プランニング・センタークリニックの久代さんです。

この方の文章を、103才の医師、日野原さんが理事長を務めている、新老人の会の入会案内の書類の中から見つけました。

なんでも、老衰と言う現象をフレイルと呼ぶのだそうで、食欲不振、体重減少、栄養障害、抑うつ、認知障害、社会的引退、孤独がみられ、あきらめから死に至る負のスパイラルに陥ってゆくそうです。

こうなる要因としては、体重が前年の4.5kg以上の減少、筋肉量の減少、筋力持続力の低下、緩慢動作(歩行速度の低下)が挙げられ、このうち3つ以上の要因がある場合は、約7年後くらいでの死亡率が高いそうですよ。あなたの親はどう?

また、フレイルは女性に多く見られますが、それは女性が筋肉量が少ないことや、男性より体力活力が少なく、鬱になり易いのが原因だろうとおもわれているそうです。

なるほどなあ。認知症になる原因の多くは肥満や糖尿病だし、肥満や糖尿病の原因のほとんどは食べすぎかな。食べすぎの原因は、孤独感や不満なんだろうねえ。老人になると毎日がつまらなくなるんだよ。まして、おひとり様老人になると、笑うことも怒ることも無くなるんだよ。老衰するに任せてじっと死を待つだけの日々さ。

こうした老人達の介護のために、たくさんの税金が使われていくのが現代の社会なんだねえ。何かとてももったいない福祉社会だねえ。

このような老人問題を改善するひとつの在り方として、たとえば3世代同区画住宅の建設なんていいんじゃないだろうか。じじばばの家の隣にその子の家があり、子供の家の横に孫たちの家がある暮らしだ。核家族化になって親子が離れて暮らしているというのが良くないと思うね。オレオレ詐欺もこうした家族の暮らし方の盲点を突いてきているんだからね。とにかく家族は隣り合わせで暮らす方が社会が良くなるんじゃないだろうかねえ。

私こと悠さんはこんなことを想いながら70歳の春を過ごしています。ちなみに、私たちの子供は二人が近所に住んでいます。この子らの、働く母親に代って私達じじばばが放課後預かりの孫のお迎えをしていますよ。孫がいないと私達じじばばは、毎日つまらないと思うね。

私も家内も120才の長寿を目標に、体力を鍛えながら、必要な栄養はしっかり摂って、仕事や趣味に忙しく、また新たな社会参画も試みつつ努力しています。

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月 9日 (土)

認知症は我々の身近に存在していますよ。

認知症の予防は、運動する習慣を身につけ、糖尿病、肥満、脳血栓にならない生活をすることだって。

運動は努力して何とかやっているけど、食べることの調整が実に難しいですよ。今、自分が糖尿病になっているのなら真剣に食事療法をするでしょうが、体重は標準の範囲だし、糖尿病の傾向としては予備軍に近づいているという段階らしいので、ある程度、食事を工夫して気を付けている程度なんです。

そんな自分が、太らないようにするために、粗食にしようと努力していると、医者がもっと肉を食べろと言うんですよ。そのためにはカロリーの高い洋食を避けて和食で肉をとれということになるわけで、こりゃあ難しい。さらには、食べる順番は野菜から食べて、炭水化物は食事開始から10分後くらいにすると肥満防止に良いとかテレビなどで言われるので、これをまともに実行してみたら毎食の献立が実に大変なんですよ、奥さんが。奥さんは、毎食野菜の副菜をたっぷりと用意しなくてはならないんですよ。つまり、お昼はパスタだけとか、かつ丼だけってことにできないんだからね。こりゃ大変ですよ。

 

食事の管理は結局自己管理次第ですよ。肥満予防のためには、酒や甘いもの、果物は本の少しにするんです。私はお酒はブランディーを生で瓶ごとグビっとひとくち舐めるくらいです。それでも奥さんはあれこれ料理を作ってしまうのでついつい余分に食べさせられてしまうんですよ。ここが実に難しいところなんですよ。

こんなわけだから、最近はもう、食への興味が薄れてきて、人生が楽しくなくなりつつあります。筋肉は鍛えれば強くなれるようですが、自分の内蔵の機能が低下してゆくのを何とかコントロールしながら長生きを図る苦労は何も楽しくないですよ。I009552a4

で、医者の言うことをまともに聞いてたら人生は楽しくなくなるから、えーい、好きなように食べて暮らすんだという生活になってしまうと、糖尿病、肥満、脳血栓になり、認知症となって、自殺もできない生殺し状態になるわけですね。

最近は介護施設が多くなりましたよ。若い人たちが忙しく働いているすぐそばの介護施設では、デイサービスで、認知症の老人たちが集って歌を歌ったりして過ごしているんです。もしもあなたが鳥になって空を飛びながら、家々やビルの窓の中をのぞいてみたら、こんな様子がよくわかるはずですよ。

一昔前と社会の様子は変わってしまっていますよ。今の時代は壮年者のすぐそばで認知症の老人たちが介護されながらほそぼそと生活しているという時代なんだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月30日 (木)

ネパールの大地震から考えること

毎日、この山小屋でいろんなニュースを見ている。そしていろんな複雑な思いに陥ることもある。そんなときの心境をつづっておきたい。

きょうは、ネパールの大地震のニュースに心が痛んだ。大地震の後、首都カトマンズでは100万人の市民の内の45万人が市外に脱出してしまい、さらに現在も市外に脱出しようと大勢の市民がバスに群がり、バスの切符を求めて、あるいは水や食料などの救援物資を求めて暴動が発生しているという。

今回のネパールの状況は、4年前の東日本大震災の時の日本の被災地の状況と天と地の違いではないか。なぜこんなに違いがあるのだろうか。

この世界では幸不幸が天と地くらい違う状況は枚挙にいとまがないくらいしょっちゅう発生している。そうした不幸な出来ごとの報道を知るたびに心が痛む。片や天国の国では連休だと言って大勢が観光に出かけ、飽食と贅沢な遊びに興じているかと思えば、一方地獄の国では大量殺戮や強盗強姦虐待などが頻繁に繰り返されて多くの人間が嘆き悲しんで泣いている始末だ。

どうして世界はこんなに天国と地獄になってしまうのだろうか

例えば、地震災害について見るとき、ネパールではなぜ耐震建築が進んでなかったのか?貧しいから?では何故豊かになるようにしてこなかったのか?国民の知恵や力が足りないのか?国が不幸になる根本的原因は何なのだろうか?と考えさせられる。

同じことは、中東情勢や後進国の不幸な状況についても考えさせられる。なぜ戦争が止まないのか、貧困と不平等が戦争の主な原因だと言われるが解決の手段としてなぜ調和を求めずすぐに戦いに訴えるのか?宗教は世界平和にまったく無力などころか宗教が戦いの原因になってしまっている。人間はなぜこんなに愚かなのか?

あれこれ考えてくると、どうもヒトは皆同質ではないのだということに帰結してくるのかもしれない。つまり、生物学的には同じヒトかもしれないが、民族によって思考、感覚、価値観、体力、気力などが遺伝子の段階から異なっており、夫々の民族が築いてきた文化は夫々が大きく異なっている。たとえば欧米の文化は日本の文化や感覚と随分と異なっていることは、芸術や食、思考や行動の在り方、それらの結果生み出されてきた政治、社会制度の在り方などの違いで大きな差異を感じられる。

ある国が天国の国になった原因は永年に亘るその民族の生き方とそれなりの行動の結果であり、地獄が続いている国の状況は結局その民族の遺伝子的な力と永年の生き方や選択の結果なのではなかろうか

理念的には人は皆平等でありたいと思うが、しかし、ヒトはどの民族も同質ではないのだ。彼我を同一視しては本質を見誤ることになる。不幸な世界の出来事に心が痛むがそれにはそうなってきたその民族なりの根本的な原因があるということを理解し、我々は結局今の自分に出来得る程度の支援などを心掛けつつ、世界の推移を見守ってゆくしかないのではなかろうか。

ヒトというものは民族ごとに決して同質ではない実に厄介な生物なのであり、ヒトがこの地球上で共存していくことは常に危機との共存なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月22日 (火)

カブトムシは害虫か

庭のシマトネリコの樹に今年初めて花が咲いた。

そうしたら、カブトムシがたくさん飛んできて、今朝は十数匹がソヨゴの樹の皮をかじっている。交尾している奴もいた。

このままじゃ樹が枯れてしまうだろうか心配です。造園業者は、大丈夫でしょう、と言うが。

こうなると、カブトムシは害虫ということになるのかなあ。

皆カブトムシを欲しがる。高く売れるからだ。カブトムシを捕まえないで、眺めていればいいのに・・・・。

Cimg8647

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月29日 (火)

陶器まつり

多治見の陶器まつりに行ってきました。

織部焼、志野焼が有名ですね。食堂で出された食事にも地元の焼き物が使われていて、料理を食べてゆくと皿の中央から絵が出てくるんです。優雅な食事でした。

せっかくの写真は、画素数が大きくて掲載できません。残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«コシアブラ