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2016年4月 7日 (木)

春の姫路城

赤穂から姫路に着いた。姫路駅の周りは大勢の人でごった返していた。桜満開のこの時期の、しかも日曜日なので、姫路城見物の観光客があふれているのだろう。

姫路城へは、駅前の大通りをまっすぐに15分ほど北に進めばよい。この日の天気は曇りで小雨が少し落ちてきていた。桜の背景に城を入れて写真を撮るのは生憎の天気だ。Cimg9713

地上から天守閣の屋根の上までの高さが46mだ。

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こんな人がお出迎えしてくれた。

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入場券売り場に近づいたいたところで、本日分の天守閣の入場整理券の配布は終了しましたという張り紙が出されていた。これには愕然とした。せっかくやってきたのに入場できないとは!こういうことはガイドブックにはなかったよ。いやー残念!ま、仕方がないさ、と思っていたところ、見ず知らずの年配のご婦人が声をかけてきて「この入場整理券2枚、良かったら使ってください。私たちは、団体バスがもうじき出発するので、もう時間が無くて入場できないんです」と言って整理券を2枚くださったのだ!!なんという幸運だ!まさに奇跡じゃないか!こんなことってあるのだろうか!Cimg9725

私はあわててそのご婦人の写真を撮ったが、後姿しか撮れなかった。ありがとう!!

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奇跡的な幸運に感謝しつつ、最初の大手門である、菱の門に向かった。こんどはそこでボランティアらしい年配の男性ガイトさんと親しい会話が出来た。そのガイドさんに意地悪な質問をしてみた。城というのはあちこちに防御の工夫が施されていて鉄壁の守りを固めていると解説されるけど、本を読むと、この姫路城は、西側の防御が弱かったためか、戊辰戦争では戦うことなく落城したと言うがその理由は何か。という質問をしてみた。これにはガイドさんも返答に窮して、西の丸には女たちが集められていたからとか、訳の分らぬことを言ってはぐらかすばかりだった。ガイドさん困らせてごめんね。
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石垣にもいろいろと工夫や歴史があるようです。


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秀吉が増築した時に、大名たちは石垣の石の調達に困り、墓石まで集めたとのことで、この門の両側の縦長に組まれた石は何と石棺だという。左の石は中がくりぬかれているのが分るだろうか。

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これは大天守4階の石打棚。この棚に上がって石を投げつけるらしい。

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東西2本の大黒柱。東の柱は当初からの樅(モミ)の木で直径95センチ、長さ24,5m。この大柱で高さ31mの木造建築を支えている。外人観光客もたくさんいたが、彼らは、木造では火に弱いのに、どうして城全体を石造りにしないのか理解できないかもしれない。私は木造でもこんなに大規模な建築物を作れた技術に感心した。法隆寺もそうだ。

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最上階(6階)には神社。

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天守閣の6階からの展望。まっすぐの大通りの突当りが姫路駅。彼方に家島諸島が見える。

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西の丸の風景。

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2時間余り、ゆっくり見物して帰途についた。途中にこんな店もあった。

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姫路駅前で、お土産に龍野の醤油を3種類とベルトを1本買った。帰宅してから、卵焼きにこのだし醤油を垂らして食べてみたら、旨いのなんの。なんにもしょっぱくない。まさに旨いものはわが家にあり、だ。

この町の産業紹介のパンフレットをもらい、帰りの新幹線の車中で読ませてもらった。手延べ素麺、駄菓子、皮製品、にかわ、マッチ、軍手、ボルト、鎖、ゴルフアイアン。

私は北海道の田舎町で生まれ、東北で育ち、東京で学生時代を送り、今は静岡に住んでるけど、東北地方の町は大した産業もなく生産性が低いので家や車も古いものが多くて、町全体にどこも貧乏くさいが、西日本は生産性が高く、街も住宅も立派なところが多く、豊かな暮らし向きの様子が窺える。

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観光地を比較しても、西日本には大きな観光地がたくさんあるけど、東日本では日光以外に大きい観光地は札幌くらいしかない。日本の経済も文化も西高東低である。だから、私のように北国生まれの人間にとっては、西日本はとても魅力的だ。今回もそうした魅力ある西日本の文化に触れることのできた良い旅となった。人生ありがとう。     (了)





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